必要なときだけ、そばにいる
少し前に、Even G2というスマートグラスを買ってみた。会社の同僚が使っているのを見て面白そうだと思ったのと、英語が苦手な自分にとって、これはもしかするとドラえもんのひみつ道具のようなものになるかもしれないと思ったのがきっかけだった。新しいインターフェースを体験できるものは衝動買いしがちで、Even G2もわりと勢いで買った。
もうひとつ購入を後押ししたのが、メガネそのもののデザインだった。Even G2は、かなり普通のメガネに近く、私には他のスマートグラスより洗練されて見えた。
Even G2をつくるEven Realitiesは、2023年に創業した中国・深圳を拠点とする会社だ。公式サイトを見ると、そもそも「スマートグラスは、まずメガネでなければならない」というところからデザインを始めているらしい。昔からあるPantoやSquareといったメガネの形をベースに、マグネシウムとチタンを使った36gのフレームに技術を収めている。
技術を入れるためにメガネの形を変えるのではなく、普通のメガネとして成立する形を先に決め、そこに収まるように光学系を小さくしていったという。Even G2では光学系を同等の市販モデルより約45%小さくし、レンズも前世代より30%薄くしている。
レンズの中に文字や情報を表示できて、会話の文字起こしや翻訳、地図、通知などを見ることができる。両眼式のMicro LEDディスプレイを搭載している一方、カメラはあえて搭載していない。Even Realitiesはこれを、記録することよりも「その瞬間にいること」を大切にするための設計だと説明している。
購入後にひとしきり試した後は、それほど使う機会がなかったが、最近ちょっとした英語のセッションを聞く機会があって、そのときに初めて「これはかなり助かるな」と思った。
聞いている英語が、ほぼリアルタイムで視界の中に翻訳されていく。聞き取れなかった言葉をその場で補ってもらえるだけでずいぶん心強い。自分の身体能力が少し拡張されたような感覚があった。
翻訳は英語だけではなく、35以上の言語に対応している。いつか機会があれば、母国語が異なる人とお互いにEven G2をかけて、それぞれの母国語のまま話してみたい。自分は日本語で話し、相手はその人の言葉で話す。それでも、お互いの視界には相手の言葉が自然に翻訳されている。そんな状況を一度体験してみたいと思っている。
スマートフォンでもリアルタイム翻訳はできる。でも、翻訳された文字を読むには、一度目の前から視線を外して、画面を見る必要がある。Even G2では、前を向いたまま、見ている景色の上にさりげなく翻訳が重なるので、セッションを聞くことに集中し続けることができる。
スマートフォンを見ている時間が長くなりすぎている、という感覚は多くの人が持っていると思う。電車の中でも家でも、ときには歩いているときでさえ、油断するとずっと画面を見ている。気がつくと目の前の景色や、その場にいる人よりも、手の中の画面に注意を向けている。
もっと景色を楽しんだり、その瞬間に集中したり、人とゆっくり向き合ったりしたい。スマートフォンを使わないということではなく、もう少しちょうどいい距離でテクノロジーと付き合えたらいいのにと思う。
Even G2を使っていて新鮮だったのは、機能そのもの以上に、その距離感だった。
表示される情報は最低限で、色もグリーン一色。スマートグラスというと、視界の中にたくさんの情報が浮かんでいるUIを想像していたけれど、Even G2はとても静かなインターフェースだ。
このグリーン一色の表示も意図的なものらしい。Even Realitiesは、未来的であることを情報や刺激を増やすことではなく、むしろ「引き算」として考えている。物理的な世界にもっと集中できるよう、高いコントラストの単色表示を採用し、必要なときに現れて不要になれば消えるインターフェースを目指しているという。
もちろん、まだまだ気になるところもある。操作するときにはメガネのつるを器用にタップする必要があって、慣れないとうまく反応させられない(別売りのEven R1というリングでも操作できるが、自分は持っていない)。エリアによっては通信のラグも気になり、思ったように使えないこともある。
スマートグラス自体は、まだまだ発展途上なのだと思う。それでも、現実の景色はそのままに、その上に情報のレイヤーがさりげなく重なる感覚は新鮮だった。
個人的には、テクノロジーが進歩するほど、テクノロジーそのものを意識しないで過ごせるようになってほしいと思っている。インターフェースも、こちらの注意を引き続けるのではなく、もっと環境の中に溶け込んでいってほしい。
Mark WeiserとJohn Seely Brownが1990年代に提唱した「Calm Technology(穏やかなテクノロジー)」という考え方がある。コンピューターが生活のあらゆるところに存在するようになったとき、それらが常に人の注意の中心にあるのではなく、必要に応じて意識の中心と周辺を行き来する。まだスマートフォンも存在しなかった、30年ほど前に提唱された考え方だけれど、今のほうがむしろ実感を持って想像できる気がする。
ずっと画面に向き合ったり、意識して操作し続けたりしなくても、必要なときには自然に助けてくれる。そのくらいの距離がいい。これからあらゆるものや場所にAIが入っていくだろうことを思うと、なおさらだ。
スマートグラスがその唯一の答えというわけではないし、実用面では課題も多い。でも、現実のほうを主役にしたまま、普段は静かに待っていて、必要なときだけさっと手を差し伸べてくれる。
そんな未来のインターフェースの片鱗を、少しだけ感じた。
