ツールの手触り

ChatGPTとClaudeを、どちらも日常的に使っている。

なんとなく役割が分かれていて、仕事ではClaude、プライベートではChatGPTを使うことが多い。どちらかひとつに決めたいわけではなく、それぞれ特性が異なるのと、職業柄どちらの動向も追っておきたいので、できれば両方使っていたいと思っている。

機能だけを並べれば、かなり似ている。調べものをしたり、考えを整理したり、文章を書いたり、コードを書いたりする。どちらにも同じようなことを頼めるが、ツールとしての使い心地はかなり違うと思う。

デジタルのツールにも、手触りのようなものがある。

物理的な道具なら、色やかたち、素材、仕上げ、重さなどによって手触り感が生まれる。デジタルのツールでは、それが見た目の印象のほか、動きや音、振動、言葉の返し方などに置き換わっているのかもしれない。実際にはつるっとしたタッチスクリーンを触っているが、私たちはそこに「軽い・重い」「やわらかい・硬い」といった感触をなんとなく感じている。

たとえばChatGPTを使うなかで印象に残るのは、返答が書かれているときや、書き終わったときに返ってくるハプティック(触覚)フィードバックだ。アプリでは、小さな振動だけれど、比較的しっかりした手応えがある。「いま書いている」「終わった」ということが画面を見続けていなくても分かるもので、機能としてもよくできている。

それと同時に、私はそこに少し生命感も感じる。画面の中では文字が生成されているだけなのに、振動が身体に返ってくることで、向こう側に何かがいるような感じがする。

ChatGPTの会話のトーンは比較的フランクだ。私はプライベートで使うことが多いので、とくにそう感じるのかもしれない。旅行の相談をしたり、迷っていることを話したり、ときにはどうでもいいことを話したりするが、こちらの話し方にもすぐ馴染んでくれる。

一方で、ChatGPTの画面デザインやブランドを構成する要素はかなりかっちりしているように感じる。

2025年のOpenAIのブランド刷新は、社内のOpenAI Design Studioが主導している。Studio Dumbar/DEPT®はビジュアルやモーション、サウンドのデザインに関わり、オリジナル書体のOpenAI Sansは書体デザインスタジオのDinamoとの協働でつくられている。

デザインガイドラインでは、OpenAI Sansは技術的な精密さと人間的な温かみのバランスを意図した書体として説明されている。おなじみのシンボルであるBlossomも、円による温かさと、直角による精密さを組み合わせているという。ロゴの比率や余白には細かなルールがある。

私には、信頼感のあるしっかりした骨格の上に、会話のフランクな親しみやすさが乗っているように感じられる。

一方、Claudeを触ったときの感じは、少し違う。

ハプティックはChatGPTよりもささやかで、文字も静かに流れるように現れてくる。ChatGPTが「返ってきた」という手応えを比較的はっきり感じさせるのに対して、Claudeはもう少し控えめで、静かに横にいる感じがする。

会話にも、私は少し端正で知的な印象を持っている。長い資料を読ませたり、考えを整理したり、コードを書いたりするとき、その落ち着いた距離感が仕事モードにはちょうどいい。

会話や反応には落ち着いた印象があるけれど、見た目は、ChatGPTよりもむしろClaudeのほうがやわらかい。暖色やセリフ体、手描きのイラストのような、少し人の手を感じるグラフィックが多く使われている。

Anthropicの初期のブランドづくりには、デザインスタジオのGeistが約2年半関わっている。機能を優先しながらもブランドらしさを失わないUIをつくり、技術的な仕事の精緻さと、人を中心にした価値観の両方を伝えようとしたという。

社内のブランドチームのインタビューでも、知性や温かさ、飾らずに伝えること、協働する姿勢を、言葉だけでなくイラストやモーションにも広げていると話している。Claudeは相手の先を歩くのではなく、一緒に歩く存在として考えているという。

私が感じている「静かに横にいる感じ」と、少し重なるところがある。

Claudeの場合は、見た目やUIだけでなく、どう振る舞うのかも明示的に設計されている。Anthropicが公開している「Claude’s Constitution」は、Claudeにどんな価値観や振る舞いを持ってほしいかを記した文書だ。哲学をバックグラウンドに持つアマンダ・アスケルは、以前からClaudeの人格づくりに関する取り組みを率いてきた。2026年版のConstitutionでは、主要な執筆者として関わっている。この文書はClaudeの学習にも使われ、実際の振る舞いを形づくるものだという。

もちろん、私が感じている知的な話し方や落ち着いた距離感を、この文書だけで説明することはできない。ただ、色や書体だけではなく、「どんな存在としてこちらと接するのか」まで設計されていると知ると、言葉の返し方もツールの手触りの一部なのだと感じる。

こうして見ていると、ChatGPTが硬くてClaudeがやわらかい、と単純には言えない。

ChatGPTは、UIやブランドの骨格にはかなりしっかりした硬さがあるけれど、会話はフランクで、ハプティックにも生命感がある。Claudeは、見た目にはあたたかさがある一方で、文字の現れ方や触覚は静かで、会話には少し端正な感じがある。

その違いは、かなり小さなところに表れている。文字がどう現れるか、振動がどのくらいの強さで返ってくるか、どんな言葉を選び、どのくらいの距離でこちらと接するのか。ひとつひとつは小さな違いだけれど、重なってみると、それぞれのキャラクターとして感じられる。

仕事でデジタルプロダクトのブランドを考えるときにも、そのようなことをよく考える。

私が意識しているのは、ブランドとしての在り方と、具体的なプロダクトのデザインを分けずに考えることだ。ブランドとしてどう在りたいのかを、見た目や振る舞い、機能や表現の細部までつなげていきたいと思っている。

スタートアップで働いていたころは、なんでもひとりでつくらなければならないことが多かった。ブランドについて考えながら、機能を考えて画面をつくり、見た目や言葉を整える。さらに、エンジニアとやり取りしながら、細部の表現やインタラクションを詰めていく。そういうことを繰り返すうちに、ブランドからプロダクトまでひと繋がりに考える感覚が、自然と身についた気がする。

ブランドの方向性を画面や振る舞いに落とし込むときには、どの要素でそれを感じてもらうかを考える。たとえば「親しみやすくしたい」という方向性があったとしても、すべてを親しみやすくするわけではない。UIの骨格には少し硬さを残して、コピーでやわらかさを出すこともある。タイポグラフィは端正にして、写真に人の気配を入れることもある。静かな画面の中で、モーションに少しだけ遊びを持たせることもある。

どのくらいやわらかくするかというより、どこに何を担わせるかを考えている感覚に近い。

丸い形、やわらかい色、親しみのある言葉、かわいいイラスト、ゆっくりした動き。ひとつずつは悪くなくても、全部がそろうと、かえって輪郭がぼやけてしまう。どこかに硬さがあることでやわらかさが引き立ったり、見た目を端正にしておくことで振る舞いがフランクでもバランスが取れたりすることがある。

言葉や動きの細部まで気を配ることで、使っているうちにそのブランドらしさが感じられる、ツールの手触りが生まれるのだと思う。

反応の速さや動き方を少し変えるだけでも、軽く感じたり、落ち着いて感じたりする。そこに音や触覚、言葉遣いまで重なると、同じような機能を持ったツールでも、触ったときの印象はずいぶん変わる。

そう考えると、インターフェースをつくることは、機能や画面の見た目をつくることだけではなく、触ったときにどんな感覚を返すのかを調整することでもあるのだと思う。

あるツールを「なんとなく心地いい」と感じる。その感覚には、見た目だけでなく、使ったときに返ってくる小さな反応も関わっているのかもしれない。